杉山物語 (6)
「セイエイジュ」
確か高校時代だったと思う。
「杉にもセイエイジュがあり、この苗は他の苗に比べて発育が違う」という話を聞いたことがある。
今なら「精鋭樹」のことだと気がつくのだが。
当時両親は、杉の育苗で生計をたてていた。
営林署は広い苗甫で苗を育てていたが、これは国有林向けのもので、民有林は自分で調達しなければならなかった。
戦後の木材ブームで伐採後の造林が盛んであり、苗木の需要は多かった。
育苗は先ず苗床を作り1〜2ミリの大きさの種を播く。
こんな小さな種があんなに大きな杉に成長するのかと思うと感慨深いものがある。
2〜3センチの苗を「毛苗」という。
それらを20〜30センチ間隔に植え替える。
毛苗の段階で、すでに5〜6センチに伸びた苗が混じっている。
この苗は、一年で20〜30センチほどになる。
山(*「山床」というが、この言葉も今は聞かれなくなった)に植える苗は、普通50〜60センチのものだが、この苗は二年で70〜80センチにもなってしまう。
どうやら精鋭樹とは、こういう苗木のことを指していたようだ。
山で作業をしていて、同じような条件、たとえば地形とか、斜面の向きとかなどがほとんど同じで、同じ年に植えたはずなのに、大きさが抜きん出た木を見ることがある。
これが精鋭樹の苗なのだったんだなと五十年前の話を思い出したりしている。
親木の優れた遺伝子だけを受け継いだのか、突然変異なのかはわからないが、やはり、生物界では(〜人間も含めて〜)時々見られる現象なのだろう。
反対にいっこうに大きくならない木もある。
大ていは、除間伐の際切り倒されるが時々免れたものがある。
一切に切り出す時、境界付近の木は残される。
これを「切り残し」という。
次に植えられる木との差は歴然としている。
いくら大きくならないといっても、ただ成長のスピードが遅いだけなのだ。
こういう木は年輪が詰まっているので、成長の速い木に比べて木質が堅い。
それなりの使い道がある。
ただ大工さん泣かせの木であることは間違いない。
植樹の間隔は、普通「一間(1.8メートル)」である。
山での2メートルは感覚的には短く感じる。
それはど近くに植えるのは、木を競争させるためだという。
植物の特性をうまく利用するというわけだ。
十年から二十年ほど経つと枝が重なり合うので間伐が必要になる。
間伐材はかつては建設現場の足場材に使われていたが、現在は鉄パイプを使うので需要はなく、おまけに搬出の手間がかかるので、山の肥料にしかならない。
もったいないといえばもったいない。
しかし、その後の成長を考えると止むを得まい。
○十年経った木は○メートルの間隔でというマニュアルはあるが、それはあくまで理論上の話。
先に述べた精鋭樹が並んでいる時はその限りにあらずだ。
かつてわが家の山に直径1メートルほどの木が並んで立っていた。
その木を使って、父が「飛魚舟」を造ったのを憶えている。
もちろん船大工に頼んでだが。
理論通りに除間伐を行なっていたら、一本は切られていただろう。
だから現場では臨機応変の対応が必要になる。
今作業中の山には、大きな木が並んで立っているのは、現在のところ見当たらない。
夏に入って、山の仕事は中断している。
機械の故障や暑さのせいもある。
台風の襲来でその後始末に追われてしまった。
そこでこのシリーズもひと休みすることにする。
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